岡山地方裁判所 昭和62年(行ウ)8号 判決 1989年8月09日
岡山県笠岡市富岡四七七番地
原告
安田工業株式会社
右代表者代表取締役
安田之彦
右訴訟代理人弁護士
立石定夫
同
藤木賞之
同
杉本邦子
同市五番町五番四八号
被告
笠岡税務署長
金杉芳治
右指定代理人
橋本良成
同
石田實
同
中西俊平
同
磯村泰治
同
北村勲
同
宮本直文
同
大土井秀樹
主文
原告の請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告が原告に対し、昭和五八年一一月三〇日付けでした昭和五五年四月一日から昭和五六年三月三一日までの事業年度の法人税に係る更正処分中、所得金額四億一二二七万二九六四円を超える部分及び過少申告加算税賦課決定を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
主文と同じ
第二当事者の主張
一 請求原因
1 原告は、肩番地に本店を有し、工作機械の製造、販売を業とする会社である。
2 原告は被告に対し、原告の昭和五五年四月一日から昭和五六年三月三一日までの事業年度(以下「本件事業年度」という。)における法人税について、課税所得金額を四億一二二七万二九六四円、納付すべき税額を一億六七五〇万九二〇〇円として確定申告したところ、被告は、昭和五八年一一月三〇日付けで原告に対し、以下のとおりの更正処分(以下「本件更正処分」という。)及び過少申告加算税の賦課決定処分(以下「本件賦課決定」という。)をし、これを原告に通知した。
(一) 申告所得金額 四億一二二七万二九六四円
(二) 更正所得金額 八億三七五〇万八九六四円
(三) 更正法人税額 三億三一八一万八五〇〇円
(四) 納付の確定した本税額 一億六七五〇万九二〇〇円
(五) 差引納付すべき法人税額 一億六四三〇万九三〇〇円
(六) 過少申告加算税額 八二一万五四〇〇円
3 原告は被告に対し、昭和五九年一月三〇日、本件更正処分及び本件賦課決定を不服として異議申立てをしたが、右異議申立て後三か月を経過してもこれに対する決定がされなかったので、同年五月三一日、国税不服審判所長に対し、本件更正処分及び本件賦課決定(以下「本件更正処分等」という。)について審査請求をしたところ、国税不服審判所長は、昭和六二年四月一五日、右審査請求を棄却する旨の裁決をし、同月二〇日、右裁決に係る裁決書を原告に対して送達した。
4 本件更正処分等の違法
(一) 被告が、本件更正処分等をした理由は、原告の前記確定申告において、本件事業年度に退職した原告の前取締役会長安田信次郎(以下「信次郎」という。)に対して原告が支払った役員退職給与六億〇四八七万円につき、これをすべて損金として計上しているが、右退職給与中、四億二五二三万六〇〇〇円は、法人税法三六条(過大な役員退職給与の損金不算入)所定の「不相当に高額な部分の金額」に該当し、損金には計上できない、というにある。
(二) しかしながら、信次郎の原告に対する貢献度、その退職前の報酬月額が極めて低額に抑えられていたこと等の諸事情に照らし、前記退職給与の額は何ら「不相当に高額な部分の金額」に該当するものではないから、本件更正処分のうち、所得金額四億一二二七万二九六四円を超える部分は原告の本件事業年度における所得金額を過大に認定、評価したものであって、違法というべきであり、右認定、評価を前提とする本件更正処分等は、いずれも違法である。
よって、原告は被告に対し、本件更正処分のうち右所得金額を超える部分及び本件賦課決定の取消しを求める。
二 請求原因に対する認否及び被告の主張(本件更正処分等の適法性)
1 請求原因に対する認否
(一) 請求原因1ないし3、4の(一)の事実は認める。
(二) 同4の(二)、5は争う。
2 被告の主張
(一) 本件更正処分等に至った経緯等
(1) 原告は、昭和一四年五月一〇日、「株式会社ストロング商会」として設立され、昭和一七年一月「安田自動車工業株式会社」、昭和一九年三月「安田工業株式会社」にそれぞれ商号を変更し、本件事業年度当時においては、被告から青色の申告書を提出することにつき承認を受けた資本金四〇五〇万円の同族会社(法人税法二条一〇号)であった。信次郎は、右設立と同時に原告の代表取締役に就任し、昭和五一年五月にその取締役会長となり、昭和五六年三月にこれを退職した。
(2) 原告は、昭和五六年三月一八日開催の臨時株主総会において、退職する信次郎に役員退職給与六億〇四八七万円を支給する旨の決議をし、同月二〇日、信次郎に対し、その退職に伴い、右決議に基づいて右金員を支払い、本件事業年度の法人税に係る所得金額につき、右金員全額を損金経理とした上で、被告に対し、青色の確定申告をした。
(3) 被告は、法人税調査の結果に基づいて、信次郎に対して支払われた右退職給与のうち一億七九六三万四〇〇〇円を超える四億二五二三万六〇〇〇円は、法人税法三六条及び同方施行令七二条に規定する過大な役員退職給与、すなわち、損金経理をした金額で不相当に高額な部分の金額に該当すると認定し、原告の所得金額に加算して本件更正処分等を行った。本件更正処分等の経過は、別表1「課税処分経過表」記載のとおりである。
(二) 適正な役員退職給与の額
(1) 法人税法三六条及び同法施行令七二条は、その退職した役員に対して支給した退職給与の額が、当該役員のその法人の業務に従事した期間、その退職の事情、当該法人と同種の事業を営む法人でその事業規模が類似するものの役員に対する退職給与の支給の状況等に照らし、その退職した役員に対する退職給与として相当であると認められる金額を超える場合には、その超える部分の金額を損金の額に算入しない旨規定している。右規定の趣旨は、役員に対する退職給与が、従業員に対する退職金と異なり、利益処分の性格をも含んでいることに鑑み、一定の基準以内の部分は給与の後払いとして報酬の性格を有し、必要経費としてその損金算入を認めるが、これを超える部分は利益処分としてその損金算入を認めないところにある。
(2) 相当な退職給与の額を算出するに当たっては、法令に特段の定めはないが、以下の二つの算式に依拠するのが最も一般的かつ合理的である。
ア 平均功績倍率法は、役員に対する退職給与が支給されている他の法人で当該法人と業種、事業規模及び退職した役員の地位等が類似するもの(以下「類似法人」という。)を選定した上、その平均功績倍率(類似法人の退職した役員の最終報酬月額に勤続年数を乗じ、その数値で退職給与の額を除して得た功績倍率の平均値)に当該役員の最終月額及び勤続年数を乗じて計算する方法である。
平均功績倍率は、実際に支給された役員退職給与の額が、当該役員の退職時における最終報酬月額に勤続年数を乗じた金額に対しいかなる比率になっているかを示す数値であるところ、役員の最終報酬月額は、特別な場合を除いて役員の在職期間中における、会社に対する功績を最もよく反映しているということができるし、役員の在職期間の長短は、報酬の後払いとしての性格の点のみならず、功績評価の点にも影響を及ぼすものと解される。また、功績倍率は、当該役員の法人に対する功績や法人の退職金支払能力等の個別的要素を総合評価した係数ともいうべきである。したがって、平均功績倍率法は、類似法人の功績倍率を比較検討して退職役員に対する退職給与の支給が不当に高額であるか否かを判断する方法として前記法令の趣旨に合致する合理的なものである。
イ 一年当たり平均額法は、類似法人における退職した役員の一年当たりの平均退職給与の額に当該役員の勤続年数を乗じて計算する方法である。
一年当たり平均額法は、平均功績倍率法を補完する方法として、退職した役員の最終報酬月額が役員の在職期間中における会社に対する功績を反映しておらず不相当に低額であると認められる場合等に類似法人の一年当たりの平均退職給与の額を比較検討して、退職役員に対する退職給与の支給が不当に高額であるか否かを判断する方法として、これまた、前記法令の趣旨に合致する合理的なものである。
(3) 原告の類似法人の調査、選定
ア 被告は、原告の類似法人につき、
<1> 業種目が日本標準産業分類(昭和五一年改訂・行政管理庁編)における大分類-製造業、中分類-金属製品製造業又は一般機械器具製造業に該当し、役員退職給与の支給があること
<2> 事業規模が、信次郎の退職した本件事業年度を含む前三事業年度分の原告の売上金額、総資産価額、純資産価額及び所得金額からみて、同程度であること
<3> 退職役員の退職直前の地位が、代表取締役又は取締役会長であり、かつ、会社創立者又はこれに準ずる者であること
<4> 退職役員のその会社の役員として従事していた期間が、信次郎のそれに近いものであること
<5> 退職理由が、高齢によるもの又はこれに準ずるものであること
<6> 退職時期が、信次郎のそれに近いものであること
<7> 青色申告書を提出することについて承認を受けており、かつ現在不服申立て又は訴訟係争中でないこと
の七つの基準を設けて調査、選定した。被告は、まず右選定基準に基づき原告の所在地である笠岡市並びにその経済圏を一にし又はこれに準ずる岡山市、倉敷市及び福山市を所轄する各税務署において、類似法人を選定するために抽出調査を行ったが、右選定基準に合致する法人がなかった。そこで、更に、全国の税務署について、各国税局を通じて右選定基準に基づき抽出調査を行ったところ、右選定基準に合致する法人とて別表2「類似法人の業種、事業規模及び退職給与の支給状況表」記載の四社を選定した。
イ 被告が行った本件類似法人の選定方法は、法人税法三六条及び同法施行令七二条の規定の趣旨に沿った選定基準に基づいて、対象地域を順次拡大して選定したものであるから合理性がある。また、原告と右類似法人四社とを対比しても、原告は、これらのうちの中程度に位置することから、原告と比較するためにこれらを選定したことは十分に合理性がある。
(4) 適正な退職給与の額
原告及び本件類似法人における信次郎及び当該退職役員の最終報酬月額、退職給与の額及び勤続年数一年当たりの退職給与の額は、別表2「類似法人の業種、事業規模及び退職給与の支給状況表」記載のとおりである。すなわち、同表によれば、信次郎の最終報酬月額は七〇万円、勤続年数は四一・九年(四一年一一か月)、当該退職役員らの平均功績倍率は三・四倍であるから、平均功績倍率法によって信次郎に対する適正な退職給与の額を計算すると九九七二万二〇〇〇円となる(七〇万×四一・九×三・四)。また、当該退職役員らの勤続年数一年当たりの平均退職給与の額は二七九万九〇〇〇円であり、信次郎の勤続年数は四一・九年であるから、一年当たり平均額法により信次郎の退職給与の額を計算すると一億一七二七万八一〇〇円となる(二七九万九〇〇〇×四一・九)。
ところで、本件更正処分等においては、原告の信次郎に対する退職給与六億〇四八七万円の支給のうち、前記「不相当に高額な部分の金額」に該当するとした四億二五二三万六〇〇〇円を控除した一億七九六三万四〇〇〇円については損金への計上を認めているところ、右金額は、右計算に係る各退職給与額を超えるものであるから、右金額は信次郎に対する退職給与額として適正な範囲内にあるものといえる。
(三) 以上によれば、原告が信次郎に支給して、損金経理した前記退職給与額六億〇四八七万円は不相当に高額であって、一億七九六三万四〇〇〇円の限度でのみ損金への計上を認めた本件更正処分等は、前記各法令及び国税通則法(昭和五九年法律第五号による改正前のものをいう。)に合致し適法である。
三 被告の主張に対する原告の認否、反論
1 被告の主張(一)の事実は認める。ただし、原告の設立は、信次郎が昭和四年から「ストロング商会」の商号でピストンの製造加工、自動車の内燃期間の再生加工等を自営していたのを昭和一四年に「株式会社ストロング商会」という名称の会社組織に変更したことに始まる。
2 同(二)の事実及び主張について
(一) (1)の主張のうち、法人の役員に対する退職給与が、損金性を有する給与の後払いとしての性質を有することは認め、他の性質を有するとの点は争う。
(二) (2)の主張のうち、適正な退職給与の額を算出するに当たって、平均功績倍率及び一年当たり平均額法によるのが最も合理的であるとの点は争う。
役員報酬は、当該役員の当該会社に対する寄与貢献の対価であり、役員の退職給与は右対価をその在職中に受け取らず、会社に留保されていた部分をその退職に当たって支払うものであるから、その退職給与の額を決定する際に、当該役員の当該会社に対する具体的な貢献度を無視することは不当である。右貢献度を決定するためには、単に当該会社の売上額等の計数上の要素を斟酌するだけでは十分ではなく、当該法人の創立と、再興に当たっての功績、努力の程度、資本としての設備投資の有無及び功罪等の諸事情をも考慮することが必要不可欠である。原告は、信次郎が、その個人企業を法人組織に変えたことによって成立したものであり、また、原告が経営的に苦境に立った時には、信次郎は、その個人所有の土地を売却してその代金を原告の債務の返済に充てて倒産の危機を克服し、又は、各種の栄誉、褒賞を与えられ、これによって原告に多大の利益をもたらすなど、信次郎の原告に対する功績は計りがたいものであり、これを無視して形式的な計数計算により、その退職給与の相当額を算出するのは不合理である。
(三) (3)のアの事実は知らない。(3)のイの主張は争う。右主張に対する原告の反論は以下のとおりである。
(1) そもそも、原告の類似法人の選定基準自体につき、次のとおりの疑問が存する。
ア まず、右選定基準<1>については、原告は、単なる金属製品製造業ではなく、また、一般機械器具製造業でもないのであって、原告の製品は高度な技術を要する数値制御、複合工作機械であり、精密機械としての側面をも有する。したがって、右選定基準<1>は何ら原告との類似性を基礎付けるものとはいえず、これを原告の類似法人の選定基準として掲げるのは不合理である。
イ 次に、右選定基準<2>については、給与の後払いとしての性格を有する役員の退職給与の適正な額は、長年の会社への寄与、貢献の程度により決定されるべきものであるから、もともと当該役員の会社に対する貢献度と直接の関係のない事業規模のみを形式的にとらえて単純に比較することは無意味なことである。また、会社の業績については資本力、労働力等の寄与、貢献度が大きい場合もあり、本件のように当該役員個人の寄与、貢献度が大きい場合もある。また、仮に事業規模が、当該役員の会社に対する貢献度につき、何らかの意味を有するとしても、事業規模は売上金額、総資産価額、純資産価額、所得金額のみによって決定されるべきものではないし、さらに比較の期間を僅か三年に限定しているのは、全く不十分である。すなわち、研究開発等を怠っていれば、その間の経費はそれだけ少なく済むことになるから、そのような会社は、研究開発費を十分に支出している会社に比べてその時点における財産、利益等は当然に大きくなるが、長期的に見れば、将来の発展のための研究、開発、設備費等は当該役員の退職時前には具体的な営業実績としては数字に現れないとしても、会社の将来に多大の利益をもたらすものであることから考えても、右のような極めて短期間の比較では類似性の有無を判定することができないことは明らかである。
ウ さらに、右選定基準<3>については、これのみでは、本件において会社の類似性の有無を判定するには不十分であり、「創業者の個人企業を会社組織にしたもの」という条件も付加すべきである。原告の場合、会社の創立により事業が始まったのではなく、それ以前に事業の基礎が出来上がっており、退職役員である信次郎個人の得意先等の営業上の利益をそのまま引き継いでいるのであり、貢献度の比較において、会社の設立によりその事業が始まった場合と同一に論ずることはできない。
(2) 次に、被告の選定したA、B、C、D各社についても、原告の類似法人としての適格性について、次のとおりの疑問が存する。
ア まず、事業規模についてみると、A、Bは被告のいう形式的事業規模についてさえ類似性が存しない。C、Dは純資産が突出している(特にDは極端である。)これは調査の直前にその保有する不動産を処分する等の特殊な事情があることを窺わせるから、その理由を明らかにしないままその類似性を認めることは相当でない。また事業規模を計数上で比較するに当たっては、減価償却額、各種準備金、引当金の額、更には従業員のための退職年金掛金等の額も当該会社の利益の額に影響してくるものであるから、これらをも考慮するべきである。そもそも、原告は、大量生産品を製造販売する会社ではなく、高度な技術を企業活動の中心とする会社であり、この様な会社においては、その事業規模については何よりも高度な技術の研究、開発等に係る投資額等の規模が重要な意味をもってくるから、原告との類似性を判断するためには、この点の比較が不可欠である。これらの点を無視した本件選定は無意味かつ不合理なものといわざるを得ない。
イ 次に、退職理由についてみると、被告選定に係る本件各類似法人の退職役員は、いずれも任期満了又は定年により退職しており、全生涯を原告のために捧げ、原告に貢献してきた信次郎の場合とを同列に論じることは不合理である。
ウ さらに勤務年数についてみると、信次郎の場合はA、Bの場合よりは一〇年以上、C、Dの場合よりは五年以上いずれも長いのであるから、これを同列に論じるのは不当である。
(3) 以上、被告が信次郎の退職給与の相当性の判定のため、前記A、B、C、D各社を原告の類似法人として選定したことには何らの合理性がないというべきである。
(四) (4)の事実のうち、信次郎の最終報酬月額が七〇万円であったことは認めるが、その余の事実は否認する。この点についての原告の反論は次のとおりである。
信次郎の昭和四九年度の報酬月額は七三万円であったのに、その後、信次郎自らの意思により、これを減額し、ようやく昭和五五年四月に至ってこれに近い水準にまで回復していること、信次郎は原告の最高首脳として会社の針路を決め、これを指導するなどその任務に精励したこと、信次郎の決定した右基本方針下に原告の研究、開発、経営に当たってきたに過ぎない原告の代表取締役安田之彦の昭和五六年度における報酬月額が一八〇万円であったこと等の事情からすれば、信次郎の報酬月額としては、二五〇万円以上が相当な額であったことは明らかである。このような事情を無視し、形式的、機械的に上記のような算式に信次郎の極めて低額に抑えられた最終報酬月額を当てはめてその退職給与額を算定するのは、具体的事実に則さず、かえって不合理な結果を招くものといわざるを得ない。
3 以上のとおり、被告が、本件においてその基準によって算定した信次郎の退職給与の相当な額と称するものには何ら合理的な根拠、理由がないのであるから、右の額に基づいてされた被告の本件更正処分等は違法であって取り消されるべきである。
四 被告の再反論
1 最終報酬月額について
信次郎の退職前五年間の役員報酬の変遷は次のとおりであり、退職時の報酬月額七〇万円は右期間における最高の額である。
(事業年度) (報酬月額)
昭和五一年四月一日から
昭和五二年三月三一日まで 四〇万五〇〇〇円
昭和五二年四月一日から
昭和五三年三月三一日まで 四四万円
昭和五三年四月一日から
昭和五四年三月三一日まで 二五万円
昭和五四年四月一日から
昭和五五年三月三一日まで 二五万円
昭和五五年四月一日から
昭和五六年三月三一日まで 七〇万円
また、最終報酬月額七〇万円は、前記類似法人四社の退職役員らのそれ(一〇〇万円、六九万七〇〇〇円、一三二万五〇〇〇円、六〇万円)と比較しても、さらに、信次郎とともに原告の創業以前からのその業務に従事してきた現取締役会長安田貞枝の報酬月額(七〇万円、信次郎と同時期(昭和五五年一〇月頃)に高齢を理由に退職した原告の取締役(在勤中に常務取締役及び専務取締役に就任したことがある。)であった大森嶺之助の最終報酬月額(六一万円)と比較しても、信次郎の原告における地位に照らし、不相当に低額なものではない。
仮に、信次郎の報酬月額が極力抑えられたものであったとしても、被告は、一年当たり平均額法も採用して信次郎の適正な役員退職給与の額を算出しているのであるから、被告の右算出には十分な合理性がある。
2 信次郎の貢献について
原告は、信次郎の原告に対する貢献として、信次郎が個人企業を提供して原告を設立したこと、原告の苦境時に信次郎が私財を提供して倒産の危機を克服したこと、各種栄誉、褒賞等を受賞していることなどの事情を挙げるが、類似法人の選定に当たって、当該退職役員が会社設立者又はこれに準ずる者であることをも右選定の基準に入れていること等からして、これらと同様の事情が当該類似法人の退職役員らについても、大なり小なり存したものと推測できるのであって、右事情の存在が、被告の算定した信次郎の相当な退職給与額の合理性を左右するものとは考えられない。
3 大森嶺之助に対する退職給与の額との対比について
信次郎に支給された本件退職金六億〇四八七万円は、昭和二一年に原告に入社し、昭和二五年に取締役に就任して以来、昭和三一年頃から常務取締役と、昭和四九年から専務取締役をそれぞれ歴任していた大森嶺之助に対して支給された退職金一五〇〇万円と比較しても異常に高額である。すなわち、同人の退職時の地位は平取締役であったが、昭和三一年頃から昭和五四年四月まで常務取締役、専務取締役に就任しており、かつ、退職の理由は自己都合(高齢)によるものであって、その退職支給額は原告の役員会の決議により決定されたものであるところ、その金額は一五〇〇万円に過ぎず、これとほぼ同時期に、同様の理由より退職した信次郎の退職金額と比較すると、以下のとおりとなり、信次郎に支給された退職金がいかに高額であるかが明白となる。
(信次郎) (大森嶺之助)
退職時の地位 取締役会長(元社長) 取締役(常務、専務を歴任)
入社年月 昭和一四年五月 昭和二一年三月
退職年月 昭和五六年三月 昭和五五年一〇月
退職金額 六億〇四八七万円 一五〇〇万円
最終報酬月額 七〇万円 六一万円
勤続年数 四一・九年 三四・六年
功績倍率 二〇・七倍 〇・八倍
一年当たりの退職金額 約一四四三万円 約四三万円
第三証拠
本件記録中の書証目録及び証人等目録に記載のとおりであるから、これを引用する。
理由
一 請求原因1ないし3、4の(一)の事実は、当事者間に争いがない。
二 そこで、本件更正処分等の適法性の存否について判断する。
1 被告の主張(一)の事実及び信次郎の最終報酬月額が七〇万円であったことは、当事者間に争いがない。
2 信次郎に対する適正な退職給与の額について検討する。
(一) 右争いのない事実に、成立に争いのない甲第一、第六号証、乙第一号証、証人安保昇の証言により真正に成立したものと認められる甲第七号証、証人磯村泰治の証言により真正に成立したものと認められる乙第二号証の一ないし一一、第三号証、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第一三号証、証人磯村泰治、眞田敏憲、安田貞枝及び安保昇(ただし、後記措信しない部分を除く。)の各証言、弁論の全趣旨を総合すれば、以下の事実が認められ、証人安保昇の証言のうちこの認定に反する部分は措信できず、他にこの認定を覆すに足りる証拠はない。
(1) 原告は、肩番地に本店を有し、工作機械等の製造を業とする会社であり、その創業者である信次郎を中心に、同人の妻である安田貞枝、同人の子である安田之彦および安田友彦らが経営の実権を握っていた同族会社(法人税法二条一〇号)で、昭和五五年当時の資本金は四〇五〇万円であった。
ところで、信次郎は、高齢を理由に昭和五六年三月二〇日に取締役会長を退任することになった。そこで、原告は、右退職に先立って、顧問税理士の安保昇に依頼して原告の役員退職規定案を作成し、同年一月二九日、臨時株主総会を開催して、右案のとおりの役員退職金規定を制定した。右規定によれば、取締役会長、取締役副会長、代表取締役社長、取締役副社長の退職金は「一般基準額」に「特別加算額」を加算した金額であるとしている(同規定四条本文)。そして「一般基準額」は右各人の最終報酬月額にその勤続年数に拠って決められた一定の割合と、その勤続年数とをそれぞれ乗じて算出される(同条一項)が、この勤続年数に拠って決められた一定の割合とは次のとおりである(ただし、期間計算に当たっては勤続満五か月以上は一年に繰り上げ、勤続年数四か月以下は切り捨てる。)。
(勤続年数) (割合)
一年から一〇年まで 一〇〇分の一二五
一一年から二〇年まで 一〇〇分の一三五
二一年から三〇年まで 一〇〇分の一四五
三一年から四〇年まで 一〇〇分の一五五
四一年以上 一〇〇分の一六五
また、「特別加算額」は創業者及びそれに準ずる取締役(取締役会長、取締役副会長)を対象とし、各人の勤続一か月につき最終報酬月額の一〇〇分の一六〇相当額とされていた(同条二項。ただし、この場合勤続月数とは、原告設立時から退職時までの月数とし、月数の計算に当たっては、勤続一日以上は一か月に繰り上げる。)
原告は、信次郎の退職に伴い、同人に対し、右退職金規定に基づき、退職金六億〇四八七万円を支払った。
(2) 原告は、昭和五六年五月二九日、被告に対し、本件事業年度における被告の法人税につき、信次郎に対する前記退職金六億〇四八七万円を損金処理したうえ、所得金額を四億一二二七万二九六四円、課税額を一億六七五〇万九二〇〇円とする確定申告をした。これに対し、被告は、昭和五八年一一月三〇日、右退職金額六億〇四八七万円は、原告と同種の事業を営み、かつ、その事業規模が類似する他社の役員に対する退職給与の支給状況に照らし、四億二五三三万六〇〇〇円が不相当に高額(相当額一億七九六三万四〇〇〇円)であるから、右金額は法人税法三六条及び同法施行令七二条により損金に計上できないとして、本件更正処分等を行った。
(3) 被告が、本件更正処分等を行うに当たり、信次郎に対する退職金の相当額を決定するために行った調査の結果は以下の通りである。
ア 被告は、原告の類似法人の選定のため、
<1> 同族法人で、業種目が日本標準産業分類(昭和五一年改訂・行政管理庁編)における製造業(大分類)のうち、金属製品製造業及び一般機械器具製造業に該当し、役員退職給与の支給があること
<2> 事業規模が、信次郎の退職した本件事業年度の原告の資本金の額と、売上金額、総資産価額、純資産価額及び所得金額からみて、同程度であること
<3> 退職役員は、代表取締役(取締役会長を含む。)であり、かつ、会社創立者又はこれに準ずる者であること
<4> 退職役員の代表取締役として従事した期間が信次郎のそれに近いものであること
<5> 退職理由が、高齢によるもの又はこれに準ずるものであること
<6> 退職時期が、信次郎のそれに近いものであること
の六つの基準を設定し、その退職給与等について各地の税務署に照会するなどして調査することとした。
イ 被告は、まず、広島国税局管内のうち、原告の(本店)所在地である岡山笠岡市及びその経済効果が波及すると認められる岡山市、倉敷市、福山市を所轄する各税務署において資本金が一億円未満で本件事業年度に役員の退職に伴い退職給与が支給された同族会社を調査したところ、前記各条件のいずれにも該当する法人はなかった。このため、被告は、広島国税局管内全体に調査範囲を拡大したが、前記各条件に該当する法人は一社だけであった。そこで、被告は、広島国税局管内及びその経済効果が波及すると認められる大阪、名古屋、福岡、熊本の各国税局管内において調査したところ、前記各条件に該当する法人が四社あった。さらに、被告は、右四社の他に、業種目が原告と異なる電気機械器具製造業で、事業規模も原告より小規模の一社についても、これを採用することによって原告に有利になることをも考慮して類似法人に加えた。また、退職事情が死亡ではあるものの、その他の点については前記各条件に該当する一社を類似法人に加えた。
以上六社の類似法人の当該退職役員の最終報酬月額、退職給与の額、勤続年数、一年当たりの退職給与の額及び功績倍率は別表3記載のとおりである。被告は、これらの数値を基礎に曲線回帰方程式を用いた計算を行い、前記のとおり、相当額一億七九六三万四〇〇〇円を算出した。
ウ その後、本件訴訟において、被告は、右類似法人六社につき、再度調査、確認を行ったが、その際、青色申告法人で不服申立又は訴訟係争中でないことを条件に加えるとともに、本件更正処分等の審査請求に対する国税不服審判所長の裁決の結果等を考慮して、前記六社のうちC社は、業種が電気機械器具製造業であり、原告の業種と異なること、E社は、当該退職役員の退職理由が死亡であり、信次郎の退職理由と異なることをそれぞれ考慮し、右両社を信次郎に対する適正な役員退職給与額の算定の根拠としては、主張しないこととした。残りのA、B、D、F社(本件類似法人)の前記各数値(ただし、本件更正処分等の行われた時点では本件事業年度に近接する一年間のものであったが、数値の正確性を担保するために本件事業年度以前三事業年度分の平均値を調査、算出した。)を基礎に、平均功績倍率法及び一年当たり平均額法により信次郎の退職給与額を算出すれば、被告の主張(二)、(4)のとおりとなる(ただし、別表3のA、B、C、D社と別表2記載のA、B、C、D社とは一致しない。以下、単に「A、B、C、D社」というときは、後者を指すこととする。)。
(二) そこで、以上の事実を前提にして、信次郎の適正な退職給与額について判断する。
(1) 平均功績倍率法及び一年当たり平均額法の合理性の存否について
法人税法三六条は、法人がその退職した役員に対して支給する退職給与の金額の中、損金経理をした金額で不相当に高額な部分の金額として政令で定める金額は、所得金額の計算上、損金の額に算入しない旨規定し、同法施行令七二条は右規定をうけて、右損金の額に算入しない金額は、法人がその役員に対して支給した退職給与の額が、当該役員のその法人の業務に従事した期間、その退職の事情、その法人と同種の事業を営む法人でその事業規模が類似するものの役員に対する退職給与の支給の状況等に照らし、その退職役員に対する退職給与として相当であると認められる金額を超える場合におけるその超える部分の金額とする旨規定しているところ、右各規定の趣旨は、役員に対する退職給与が利益処分の性格を持つことが多いため、一定の基準以下の部分は必要経費としてその損金算入を認めるが、一定の基準を超える部分は利益処分としてその損金算入を認めるが、一定の基準を超える部分は利益処分としてその損金算入を認めないというところにあると解される。したがって、信次郎に対する退職給与の額が不相当に高額な部分を含むか否かを判断するためには、信次郎が原告の業務に従事した期間、その退職の事情を考慮するとともに、原告と同種の事業を営む法人でその事業規模が類似するものの役員に対する退職給与の支給の状況等を比較して検討しなければならない。
そこで、前記二、2、(一)、(3)で認定した被告の相当な退職給与の額の判断過程における平均功績倍率法の合理性についてみるに、成立に争いのない乙第四号証によれば、株式会社政経研究所が、昭和五八年一月現在で証券取引所に上場、非上場の会社合計約二〇〇〇社を対象にアンケート又は直接取材により調査を行い、そのうち、二〇二社(一部上場五八社、二部上場二八社、地方上場三社、非上場一一三社)からの回答を得たところによれば、昭和五二年一〇月一日から昭和五七年九月末日までの間に退職した役員は六八七名で、そのうち、昭和五五年一月一日から昭和五七年九月末日までの間に退職した役員は三〇九名(一六四社)であったところ、これら役員に対する退職給与の算出方式につき、右一六四社のうち一四四社が一定の基準を設けて退職給与額を算出する方式をとっており、右一四四社のうち右算出方式についても回答のあった一三三社の各算出方式は、当該役員の退職時の最終報酬月額を基礎とするものが五九社(四四・四パーセント)、当該役員が歴任した各役位毎の報酬月額を用いて役位別に退職給与額を累加して算出するものが三六社(二七・一パーセント)、役位別の一年当たりの定額を基礎額として退職給与額を算出するものが(二七社二〇・三パーセント)、その他の算出方式が三社(九・一パーセント)であり、右一三三社の半数近くが当該退職役員の最終報酬月額を基準に退職給与額を算定しており、さらに、そのうち三一社(五二・五パーセント)が最終報酬月額と役員在任通算年数の積に一定の数値を乗じて退職給与額を算出する方式をとっていることが認められるのであるから、退職給与額の相当性を判断するについて、原告と同業種、類似規模の法人を抽出し、その功績倍率を基準とする平均功績倍率法は、前記法令の規定の趣旨に合致し、合理性があるというべきである。また、右に判示したところによれば、右類似法人における退職役員の勤続年数一年当たりの平均給与の額に当該役員勤続年数を乗じて相当な退職給与の額を算出する方式である一年当たり平均額法についても、合理的な算式であるといわなければならない。
(2) 本件類似法人の選定基準について
ア 前記選定基準<1>について、原告は、原告が単なる金属製品製造業ではなく、また、一般機械器具製造業でもないのであって、原告の製品は高度な技術を要する数値制御、複合工作機械であり、精密機械としての側面をも有するのであるから、これを原告の類似法人の選定基準として掲げるのは不合理である旨主張する。しかし、同基準は、公的機関(行政管理庁)が設定した標準的な産業の分類に基づいているものであるし、たとえ原告主張のとおり、原告の製品が高度な技術を要する数値制御、複合工作機械であり、精密機械としての側面をも有するものであるとしても、そのような事情が退職役員の退職給与の額に影響を及ぼすものであることを認めるに足りる証拠はないから、原告との類似性の判定のため、金属製品製造業又は一般機械器具製造業に該当することを掲げることは適切であるというべきであり、原告の右主張は採用できない。
イ 次に前記選定基準<2>について、原告は、給与の後払いとしての性格を有する役員の退職給与の適正な額は、長年の会社への寄与、貢献の程度により決定されるべきものであるから、もともと当該役員の会社に対する貢献度と直接の関係のない事業規模のみを形式的にとらえて単純に比較することは無意味なことであり、また、会社の業績については資本力、労働力等の寄与、貢献度が大きい場合もあり、本件のように当該役員の個人の寄与、貢献度が大きい場合もあるし、仮に事業規模が、当該役員の会社に対する貢献度につき、何らかの意味を有するとしても、事業規模は売上金額、総資産価額、純資産価額、所得金額のみによって決定されるべきものではなく、しかも、比較の期間を僅か三年に限定しているのは、全く不十分である旨主張する。しかし、前記のとおり、同法施行令七二条が退職給与額の相当性を判断する際に、対照すべき法人の類似性の基準として、法人の事業規模を明示的に掲げていることに照らしても、法人の事業規模を類似法人の基準に掲げることには合理性があるというべきである。また、労働力、役員個人の寄与、貢献の大小が会社の業績に影響を及ぼすことは否定できないが、それらは通常当該法人の事業規模に反映しているはずであり、本件においても、右の諸点を特別に配慮しなければならないものとは解されない。さらに、一般に企業活動は、利益の追求にあるのであるから、その企業の規模を把握するために最も適切、簡明な指標は、当該企業活動によって形成された財産的結果である売上金額、総資産価額、純資産価額、所得金額に求めるのが相当である。そして、比較の期間が三年とされている点についても、右期間をもって類似性の判断を不可能とみるのは相当でない。以上によれば、原告の右主張も採用できない。
ウ さらに、前記選定基準<3>につき、原告は、同基準のみでは、本件において会社の類似性の有無を判定するには不十分であり、「創業者の個人企業を会社組織にしたもの」という条件も付加すべきであって、原告の場合、会社の創立により事業が始まったのではなく、それ以前に事業の基礎が出来上がっており、退職役員である信次郎個人の得意先等の営業上の利益をそのまま引き継いでいるのであり、貢献度の比較において、会社の設立によりその事業が始まった場合と同一に論ずることはできない旨主張する。しかし、同基準では、退職役員として、会社創立者又はこれに準ずる者を挙げているのであるから、個人企業を会社にした場合が含まれていると解されるので、更に、「創業者の個人企業を会社組織にしたもの」との条件を付加する必要はないというべきである。そうすると、この点に関する原告の右主張も理由がない。
エ 前記選定基準<4>ないし<6>については、いずれも当該退職役員と信次郎との類似性を基礎付けるものとして類似法人の選定基準としての合理性を有すると認められる。さらに、本件訴訟において、被告が類似法人の選定基準として新たに加えた、青色申告法人で不服申立て又は訴訟係争中でないこととの条件は、青色申告の承認がされている企業ないし会社は、その取引を帳簿に記録し、当該帳簿書類を備えつけてこれを保存することを義務づけられていることから、当該資料の正確性が担保されており、また、不服申立てないし訴訟係属中の者は、その売上金額等の数値が未確定であるからこれを算定の基礎としないこととしたものであって、いずれも当該資料の数値の正確性につき配慮したものであり、合理性が認められる。
以上検討したところによれば、被告の採用した前記選定基準は、いずれも原告の類似法人の選定基準として合理的なものと解すべきである。
(3) 被告の選定したA、B、C、D各社の原告の類似法人としての個別的検討について
ア 証人磯村泰治の証言及び弁論の全趣旨によれば、別表2の類似法人四社の売上金額、総資産価額、純資産価額、所得金額の各項目について、原告を一〇〇とした場合の本件事業年度以前三年間の指数をみると、C社は全項目について原告の指数の二分の一から二倍以内にあり、D社は純資産価額が原告の指数の二倍を若干超えた程度で、その他の項目については原告の指数とほぼ同一であり、A社は所得金額の指数が三七ではあるものの、その他の項目については原告の指数の二分の一以内であることからすると、A、C、D社はいずれもその事業規模が同程度であると認められ、右三社を原告の類似法人であると解するのが相当である。これに対して、B社は、売上金額、総資産価額がいずれも原告の指数の二分の一以内であるものの、その他の各項目については、原告の指数との間にかなりの隔たりが認められる。しかし、B社の功績倍率がA社とともに最高の四・〇であり、B社を類似法人として扱うことは、本件における平均功績倍率等の算定において原告に有利であることをも考慮すれば、B社についても原告の類似法人とすることに合理性があるというべきである。
イ 次に、前記四社の退職役員の退職理由についてみるに、これらの役員は、いずれも定年又は任期満了により退職しているが、一般に定年ないし任期の制度は、役員又は従業員の年令による労働能力の低下を主たる根拠にして、制定されている制度であると認められるから、これらの理由による退職は「高齢に準ずる」理由による退職であり、原告との間に類似性があると認めるのが相当である。
ウ さらに、前記四社の退職役員の勤続年数についてみるに、信次郎の勤続年数は四一・九年であり、右四社の退職役員らの勤続年数は三〇年から三六・三年までであって、功績倍率に差異を生じさせる程のものとは考えられないから、右各退職役員の勤続年数は、信次郎のそれに近いものであると認められるのが相当である。
エ 前記証言及び弁論の全趣旨によれば、右四社は、その他の前記選定基準についてもこれを充足しているものと認められる。そうすると、右四社は前記選定基準をいずれも充足する原告の類似法人であると解するのが相当である。
(4) 信次郎の最終報酬月額について
前認定事実に、成立に争いのない甲第五、第六号証、乙第五号証、証人安保昇の証言により真正に成立したものと認められる甲第七号証、証人安保昇(ただし、後記措信しない部分を除く。)、安田貞枝の各証言及び弁論の全趣旨を総合すれば、以下の事実を認めることができ、証人安保昇の証言のうちこの認定に反する部分は措信できず、他にこの認定を覆すに足りる証拠はない。
ア 信次郎の報酬月額及び原告における地位並びに原告の会社利益の変遷(昭和四〇年四月から昭和五五年四月まで)の状況は別表4記載のとおりである。
イ 前記類似法人四社の各退職役員の最終報酬月額は、別表2記載のとおり、一〇〇万円、六九万七〇〇〇円、一三二万五〇〇〇円、六〇万円であり、信次郎とともに原告創業以前からその業務に従事してきた現取締役会長安田貞枝の報酬月額は七〇万円、信次郎と同時期(昭和五五年一〇月頃)に信次郎と同様に高齢を理由に退職した原告の取締役(在勤中に常務取締役及び専務取締役に就任したことがある。)であった大森嶺之助の最終報酬月額は六一万であった。
右認定事実によれば、信次郎の報酬月額は原告の業績の悪化に伴って減少しているが、原告の業績の回復とともに再び増加しており、通常の役員の報酬の変遷と何ら異なるところはないうえ、前記類似法人の各退職役員の最終報酬月額、原告の現取締役会長安田貞枝の報酬月額、信次郎と同様に高齢を理由に退職した取締役大森嶺之助の報酬月額と比較すれば、信次郎の報酬月額が特に低額であるとは認められない。なお、証人眞田敏憲の証言によれば、原告の代表取締役社長である安田之彦の昭和五五年における報酬月額が一八〇万円であることが認められるものの、当時、信次郎の年齢が満八六歳位であったこと(甲第六号証)からすると、当時の原告の実質的な経営は、安田之彦らが行っていたものと認めるのが相当である。そうすると、当時の安田之彦の報酬月額が信次郎のそれよりもかなり高額であったことをもって、信次郎の最終報酬月額が適正であることを否定するのは相当でない。
(5) その他の事情について
ア 信次郎の原告に対する貢献について
前掲甲第六号証、成立に争いのない甲第三号証の三ないし五、第九ないし第一二号証、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第八号証、証人眞田敏憲、安田貞枝、安保昇(ただし、後記措信しない部分を除く。)の各証言を総合すれば、信次郎は笠岡機械工業協同組合の理事長のほか各種公私の団体の役員に就任し、また、勲五等双光旭日章等の各種の栄誉、褒賞を受けており、さらに、信次郎が役員であった期間中、原告は工作機械等に関する技術を国内のみならず海外にまで供与していること、信次郎は原告の業績が悪化した際には、その個人資産である不動産を処分して得た資金を原告に融通していることを認めることができる。しかし、これらは、会社創立者またはこれに準ずる者については、通常同様のことがあり得る事情であって、これらの事情から信次郎の貢献度と前記類似法人の各退職役員の貢献度との間に差異を設けることは相当でない。
イ 原告の退職金規定について
全認定の(4)、(6)の事実に、前掲甲第七号証、証人安保昇の証言により真正に成立したものと認められる甲第一三、第一四号証、証人眞田敏憲、安田貞枝、安保昇の各証言、弁論の全趣旨を総合すれば、従来原告には従業員に関する退職金規定及び平取締役の退職金規定(従業員の退職金の二倍相当額)があり右規定に基づいて退職給与が支払われていたこと、原告の顧問税理士である安保昇は、昭和五五年末頃、信次郎の長男で原告の代表取締役である安田之彦から原告の役員(役付きの取締役)の退職金規定を新たに制定したいので、原案を作成して欲しいとの依頼を受け、これを作成したこと、原告は、昭和五六年一月二九日に開催された臨時株主総会において、右原案どおりの役員退職金規定を制定したこと、原告の株主の大部分は信次郎の親族であること、右退職金規定においては、創業者及びこれに準ずる取締役に対して勤続一か月につき当該退職役員の最終報酬月額の一〇〇分の一六〇の特別加算をしていること、原告に三四年間勤務し、昭和五五年一〇月に退職した大森嶺之助は、その在職期間中、仕事振りは非常に真面目で努力家であり、かなりの功績を上げ、常務取締役の地位にもあったが、同人が支給された退職給与は一五〇〇万円であったこと、本件退職給与支給後間もなく、信次郎は本件退職金から約半額を支出して信次郎の個人名義で岡山県浅口郡里庄町に工場を建設し、これを原告に貸与していることが認められ、以上の事実を総合すれば、右退職金規定は信次郎に対する特別に多額の退職給与の支払を主たる目的として制定されたとみるべきであるから、右退職金規定自体をもって本件退職給与の支払いの合理性を基礎付けることはできないというべきである。
(6) 以上検討してきたところによれば、前記A、B、C、D四社は原告の類似法人としての合理性ないし適格性を有するところ、右四社の各平均功績倍率及び一年当たりの平均退職給与の額は前認定のとおり、それぞれ別表2の<4>、<5>記載のとおりとなるから、右各数値に基づいて信次郎に対する退職給与の適正な額を算定すると、平均功績倍率法では、九九七二万二〇〇〇円となり、
「七〇万円(最終報酬月額)×四一・九年(勤続年数)×三・四(平均功績倍率)=九九七二万二〇〇〇円」
また、一年当たり平均額法では、一億一七二七万八一〇〇円となる。
「二七九万九〇〇〇円(一年当たりの平均退職給与の額)×四一・九年(勤続年数)=一億一七二七万八一〇〇円」
なお、仮に、原告に最も有利なように本件類似法人における最高の功績倍率(四・〇)に基づいて、平均功績倍率法と同様の計算式により信次郎に対する退職給与額を算定すると、一億一七三二万円となり、
「七〇万円(最終報酬月額)×四一・九年(勤続年数)×四・〇(最高の功績倍率)=一億一七三二万円」
また、仮に、本件類似法人における最高の一年当たりの平均退職給与の額(三九七万四〇〇〇円)に基づいて、一年当たり平均額法と同様の計算式により信次郎に対する退職給与額を算定すると、一億六六五一万〇六〇〇円となる。
「三九七万四〇〇〇円(最高の一年当たりの平均退職給与の額)×四一・九年(勤続年数)=一億六六五一万〇六〇〇円」
そうすると、本件更正処分において信次郎に対する適正な退職給与の額とされた金額(一億七九六三万四〇〇〇円)は平均功績倍率法及び一年当たり平均額法のいずれの算定の結果をも上回るばかりでなく、本件類似法人における最高の功績倍率及び最高の一年当たりの平均退職給与の額に基づく各計算結果をも上回っているのであるから、本件更正処分における右退職給与の額には合理性があるといわなければならない。
3 以上によれば、被告が本件退職給与の額(六億〇四八七万円)のうち、一億七九六三万四〇〇〇円をもって適正な退職給与の額とし、これを超える四億二五二三万六〇〇〇円について損金の額に算入しないことを前提として行った本件更正処分等は適法である。
三 結論
よって、原告の本訴請求はいずれも理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 白石嘉孝 裁判官 安原清蔵 裁判官 太田尚成)
別表1
課税処分経過表(昭和五六年三月期)
<省略>
別表2
類似法人の業種、事業規模及び退職給与の支給状況表
<省略>
(注)1 <4>1年当たりの退職給与額は、「<3>退職給与の額÷<1>勤続年数=<4>1年当たりの退職給与額」の算式によって計算ものである。
2 <5>功績倍率は、「<3>退職給与の額÷(<2>最終月額報酬×<1>勤続年数)=<5>功績倍率」の算式によって計算したものである。
別表3
<省略>
別表4
昭和六三年六月二三日
安田信次郎 役員報酬表
<省略>
<省略>